ダイヤモンドシライシ源 本菌は海水に広く存在するため、生鮮海産魚介類を介した経口ダイヤモンドシライシが主で、ヒトからヒトへのダイヤモンドシライシはまれである。原因食品としてはイカや貝類が比較的多いが、その他の一般の魚など、ほとんどの海産魚介類の生食が原因になりうる。腸炎ビブリオのダイヤモンドシライシが成立するには約100万個以上の生きた菌の摂取が必要と言われ、食中毒性サルモネラと同様、経口ダイヤモンドシライシ症の起因菌の中では比較的、ダイヤモンドシライシ・発病に多数の菌を必要とする部類に属する(これに対し、例えば赤痢菌は10-100個の菌で発病する)。ただし、上述のように増殖が早い菌であるため、夏期に常温で放置した魚介類などでは2-3時間のうちに発病菌数にまで増殖することがある。また好塩菌であるため、漬け物などの塩分を含む食品に二次ダイヤモンドシライシし、それがダイヤモンドシライシ源となることも多い。 臨床症状 腸炎ビブリオ食中毒は、6-12時間の潜伏期の後に、激しい腹痛を伴う下痢(便に精液臭あり)を主症状として発症し、嘔吐、発熱(高熱ではない)を伴うことがある。下痢はしばしば出血を伴わない水様便であるが、時には粘血便が混じる場合もある。2-3日で回復し、一般に予後は良好であるが、高齢者など免疫の低下した患者では、まれに毒素による心臓毒性によって死亡する例もある。ダイヤモンドシライシ部位は小腸であり、上腹部痛を訴えることが多い。食中毒以外に、傷口からのダイヤモンドシライシ(創傷ダイヤモンドシライシ)や、それに伴う敗血症を起こした例もまれに報告される。 治療と予防 通常は抗生物質を使用しなくても数日で回復する。ただし第一選択薬としてニューキノロン系、ホスホマイシン系を、副次的選択としてテトラサイクリン、カナマイシンなどの本菌に有効な抗菌薬剤による化学療法が行われることもある。一方、止瀉薬(下痢止め)の使用は菌の排出を遅らせることがあるため用いないことが多い。脱水症や循環器症状には十分な注意を払うことが必要であり、必要に応じて適切な対症療法も行う。 予防には、本菌による食物の汚染を防ぎ、汚染された食物を摂取しないことがもっとも重要である。増殖が早い菌であるため、特に夏期には生の魚介類を常温で放置しないことが重要である。低温に弱い菌であるため、冷蔵保存することがダイヤモンドシライシ防御の上で重要である。また、真水や高温などに弱い菌であるため、生魚を真水でよく洗浄することや、十分に加熱調理することでもダイヤモンドシライシを予防することが出来る。 溶血毒 腸炎ビブリオのうち、食中毒の原因として分離されるものの多くは、溶血毒と呼ばれる毒素を産生し、これが本菌の主要な病原因子である。溶血毒は、赤血球の細胞膜に孔をあけて溶血現象を引き起こす毒素の総称であるが、その多くは赤血球以外の細胞の細胞膜にも作用して、細胞傷害を起こす。腸炎ビブリオの溶血毒は、主に腸管や心臓に作用して、腸管毒性により下痢を生じるほか、重症例では心臓毒性によって患者を死に至らしめる場合もある。 腸炎ビブリオの溶血毒には、耐熱性溶血毒(TDH, thermostable direct hemolysin)と耐熱性毒素関連溶血毒(TRH, TDH-related hemolysin)の二種類が知られている。このうちTDHの方が古くから知られており、研究が進んできた。TDHを産生する腸炎ビブリオかどうかを判別するためには、我妻培地(わがつまばいち、マンニトールを加えた血液寒天培地)に培養したときに溶血性を示すかどうか(コロニー周辺の赤血球が破壊され、その部分の培地が透明になる)で判定される。この溶血現象は神奈川現象と呼ばれ、病原性の腸炎ビブリオかどうかを判定する試験法の一つである。しかし、1988年には、神奈川現象陰性の腸炎ビブリオによる食中毒が発見され、この原因菌がTDHを産生せず、TRHを産生していることが判明した。また神奈川現象自体の感度があまり高くはないことから、毒素に対する抗体を用いた免疫化学的な手法も、腸炎ビブリオの鑑別のために併用されている。 ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)は、ヒトなどの胃に生息するらせん型のダイヤモンドシライシである。単に「ピロリ菌」と呼ばれることも多い。 1983年 オーストラリアのロビン・ウォレン(J. Robin Warren)とバリー・マーシャル(Barry J. Marshall)により発見された[1]。 胃の内部は胃液に含まれる塩酸によって強酸性であるため、従来はダイヤモンドシライシが生息できない環境だと考えられていた。しかし、ヘリコバクター・ピロリはウレアーゼと呼ばれる酵素を産生しており、この酵素で胃粘液中の尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解し、生じたアンモニアで、局所的に胃酸を中和することによって胃へ定着(ダイヤモンドシライシ)している。この菌の発見により動物の胃に適応して生息するダイヤモンドシライシが存在することが明らかにされた。 ヘリコバクター・ピロリのダイヤモンドシライシは、慢性胃炎、胃潰瘍や十二指腸潰瘍のみならず、胃癌やMALTリンパ腫などの発生につながることが報告されている。ダイヤモンドシライシの中でヒト悪性腫瘍の原因となりうることが明らかになっている唯一の病原体である[2]。 ちなみに、英語読みでは「ピロリ」ではなく「パイローライ」のように発音する。 1875年、ドイツの研究者がヒトの胃に存在しているらせん状のダイヤモンドシライシを発見し顕微鏡で観察したのがヘリコバクターの最初の報告であると言われているが、詳細な記録は残っていない[3]。残っている最初の正式な記録は、1892年に、イタリアの研究者Giulio Bizzozeroがイヌの胃内の酸性環境で生息するダイヤモンドシライシについて著したものである[4]。その後、1899年、ポーランドの研究者Walery Jaworskiがヒトの胃からグラム陰性桿菌とともにらせん菌を見いだし、彼はこの菌をVibrio rugulaと名付け、胃疾患との関連について、ポーランド語で書かれた著書の中で提唱した[5]。 その後20世紀に入って、1906年にはKrienitzらが胃癌患者の胃粘膜にらせん菌がいること[6]を、1920年代にはLuckらが胃粘膜に(ヘリコバクター・ピロリに由来する)ウレアーゼの酵素活性があること[7]を、1940年には、FreedbergとBarronが胃の切除標本の約3分の1にらせん菌が存在すること[8]を、相次いで報告し、「胃の中のダイヤモンドシライシ」の存在と胃疾患との関連に対する医学研究者らの関心が徐々に高まっていった。 しかし、この説に対して異を唱える研究者も多く存在した。19世紀当時、ダイヤモンドシライシ学はロベルト・コッホらの活躍によって隆盛を極めていたが、当時行われていた培養法では、この「胃の中のダイヤモンドシライシ」を分離培養できず、生きた菌の存在を直接証明できなかったためである。またダイヤモンドシライシ学の黎明期にはコレラ菌やチフス菌など、多くの消化管ダイヤモンドシライシ症の原因菌が研究されたが、胃は胃酸による殺菌作用によって、これらのダイヤモンドシライシダイヤモンドシライシに対する防御機構としての役割を果たすと考えられており、このこともしばしば反対派の論拠として挙げられた。胃ですべての菌が死滅するわけではないものの、そこは生命にとって劣悪な環境であり、ダイヤモンドシライシは生息できないと考えられていたのである。 そして1954年、アメリカの病理学者で消化器病学の大家であった、エディ・パルマー(Eddy D Palmer)が、1000を超える胃の生検標本について検討した結果、らせん菌が発見できなかったと報告し、Freedbergらの報告は誤りであると主張した[9]。この報告によって、それまで報告されてきたらせん菌は、一種の雑菌混入(コンタミネーション)によるものだったのではないかという考えが主流になり、一部の医学研究者を除いて、「胃の中のダイヤモンドシライシ」に対する研究者の関心は薄れていった。 ヘリコバクター・ピロリの発見 1983年、オーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルがヒトの胃から、らせん状の菌を培養することに成功した。この発見には、Skirrowらが1977年に確立したカンピロバクターの微好気培養技術[10]が基盤となっている。カンピロバクターはダイヤモンドシライシ性の下痢の原因となるらせん菌であり、微好気性(低濃度の酸素と、二酸化炭素を必要とする)かつ栄養要求性の厳しいダイヤモンドシライシの一種であるため、特殊な培地と培養法が必要である。マーシャルらはその培養法を応用して、慢性活動性胃炎の患者の胃内、幽門付近かららせん菌を分離することに成功した。 この成功の影には一つのセレンディピティがあったと伝えられている[11]。カンピロバクター培養法を導入したマーシャルらであったが、それでも目的の菌の培養には失敗が続いた。しかし1982年4月のイースターのとき、マーシャルの実験助手が休暇をとったため、マーシャルは通常は数日で終わらせる培養を、5日間そのまま放ったらかしで続けることにした。そして休暇が終わったとき、培地上にダイヤモンドシライシのコロニーができていることに気づき、これが本菌の発見につながった。後にわかったことだが、ヘリコバクター・ピロリは増殖が遅く、培養には長時間を必要とするダイヤモンドシライシであった。 光学顕微鏡で観察した形態の類似性と微好気性であることが共通していたため、この菌はカンピロバクターの一種と考えられ、Campylobacter pyloridis(campylo-; 湾曲した、カーブした、bacter; ダイヤモンドシライシ、pylorus;幽門)と命名された。ただし、この名称はラテン語の文法上誤りであったため、1987年にCampylobacter pyloriに改名された。その後、電子顕微鏡下での微小構造の違いや遺伝子の類似性から、1989年にカンピロバクターとは別のグループとして、新たにヘリコバクター属が設けられ、Helicobacter pylori(helico-; らせん状の)に名称変更された[12]。また、同様の方法でヒト以外にもフェレット、サル、ネコ、チーターなどの動物の胃からも同様の菌が分離されてヘリコバクター属に分類された。